スノウ・クラッシュ

読書

僕はあまり新刊書を買わないのです。なぜかというと既刊で読みたい本があまりに多いのと、新刊書も数ヶ月すれば図書館に入って借りることができるからです。また情報収集という観点から言えば、最新の情報は断然ネットの方が早いこともあります。それに世の中で「新しい」ということの99%は既に知られていることの組み合わせや焼き直しに過ぎないという事実認識も、大きいですね。

例えば、今IT関係ではWEB2.0が大はやりで、それに関する本も多く出てますが、今頃WEB2.0に関する本を読んでいるようでは、(あくまでITの世界に生きる人にとってはですが)既に時代に遅れていると思います。(そもそもWEB2.0という概念自体、インターネットの本質の再定義に過ぎないと思います。)

WEB2.0で一躍注目をあびたMixiや動画サイトのYoutubeの次のトレンドと言われているのが、仮想世界Second Lifeです。Second Lifeでは、これまでの仮想現実をシミュレーションしたゲームとは異なり、ゲームとしての特定の目的というものがありません。仮の人格(アバター)を用いて、仮想世界で異なった人生を生きるということ自体に意味があるのです。

仮想世界というアイデアはSFでは既におなじみですが、それを最もリアリティのある形で表現したのが、ニール・スティーヴンスンが1992年に発表したSF「スノウ・クラッシュ」でした。ニール・スティーヴンスンはアメリカのポスト・サイバーパンクの旗手と言われる小説家ですが、このSF小説では都市国家の集まりと化した未来のアメリカを舞台に、無類の剣の使い手であるピザ配達人が、「メタバース」という仮想現実世界の中で縦横無尽に活躍する様を、軽快に描いています。

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その夏、いつもはひっそりとした海底ケーブルの中継局を2人の異邦者が訪れた。一人はTシャツを着たあごひげのあるやせぎすのイギリス人風の男で、もう一人はカメラ機材を抱えた中近東風の男だった。やせた方の男は海辺の見晴らしのよい位置に立ち、中継局からはるかグアム、ハワイにいたる海底ケーブルのルートを確認すると、携帯型のGPSユニットで現在位置を特定した後、ボイスレコーダで何事かを記録していた。やがてこちらを振り返り、静かに「通信機室はどこですか」と聞いた。

これはニール・スティーヴンスンの小説の一節ではありません(彼はこんな退屈な文章は書かない)。これは、1996年の夏、僕のいた職場に突然現れたニール・スティーヴンスンのことを小説の出だし風に書いてみたのです。彼は当時既に一部で熱狂的なファンを持つSF作家であると同時に科学ライターとして活動しており、当時、12カ国を結びイギリスから日本に至る世界最長(28,000km)の海底ケーブルとなるFLAGケーブルのWired Magazineでの連載のため、僕のいた職場を取材に訪れたのです。

通信の自由化を背景に、既存の通信事業者が建設する共同所有としての海底ケーブルに挑戦し、商品としての海底ケーブルを追い求めたFLAGは、結局既存の通信事業者が企画したより長大な海底ケーブルと競合することになり、必ずしも商業的な成功を収めることはできなかったのですが、それ以降の海底ケーブルのビジネスとしてのあり方に多大な影響を与えました。

僕はもう海底ケーブルというビジネスから離れてしまったので、これ以上詳しくお話するつもりはありませんが、当時は珍しかった携帯可能なGPSユニットとボイスレコーダを片手に、海底ケーブルについて様々な質問を浴びせたニール・スティーヴンスンは、まるで仮想世界からきた異邦人のように僕の記憶に残っています。

彼の連載「Mother Earth Mother Board」はいまでも、Wired MagazineのWEB上のアーカイブで見ることが出来ます。また、彼の最新作「クリプトノミコン」では、当時の経験が生かされ、海底ケーブルが物語の大きな要素として登場します。

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